在職1年半、24歳にして自衛隊を退職。
なんちゃって元自衛官である。そんな僕がなぜ自衛隊を志望し、自衛隊に失望するに至ったか。
志願理由
子供時代から運動に励んでいた訳ではない。強いて言えば中学校でソフトテニス部に所属していたくらいか。それ以外は、写真部とかパソコン部に所属していた。
大学では、学内でも目立つポジションに居たため良くモノを言う立ち居振る舞いをしていた。その為、敵も少なからず発生したわけである。
とある日、部室でサークル業務をこなしていると金属バットを持った軟式野球部2名が押し入り、僕の頭上を通り過ぎるように素振りをして脅迫をしてきたことがある。お得意の”口”で言い包めて追い出して事なきを得たが、同室に居た後輩(彼女)が恐怖のあまり泣いていた事を思い出す。後日、大学の教学部に訴えに出たが大事にはしたくなかったようでもみ消されるに至った。これが2010年の出来事である。流石、Fラン大学。
この時、いくら口が上手くても周りの人を守れる力を持っていない自分が非常に小さく感じたのだ。こちらに非がなくても周りは助けてくれるとは限らない。
家族や友人だけでも助けられるようにするしかないと考え、自衛隊へ入隊するに至ったわけである。
因みに、入隊3月末に控えている時に2011年3月11日の震災が発生した。
退職理由
あまりにも温度差がありすぎ、悲しくなってしまったのだ。全員がやる気があって入隊しているわけではない。
僕が所属していた部隊は、所属隊員の半分が九州勢だった。
どのタイミングだっただろうか。九州勢の同期と話しをしていた際に将来のことを不安に思っていた僕は「なんで自衛隊に入ったんだろう、何がしたかったんだろう」と相談したのだ。その時、同期が語ったのは「九州は本当に就職先がない。長崎で大学卒業したけど就職先がなく、公務員である自衛隊にしゃあなし入隊した。九州勢は基本そうだと思うよ」といった内容だった。
大きな衝撃を受けた僕はそれ以降、時々先輩に「何で自衛隊入ったんですか?」と質問したら「就職先が無かったんだよボケ」と返されるのが大半だった。
そう、腐っても公務員。(震災前でも倍率10倍だったが)大量雇用で、安定した賃金を貰えるのである。
同期や先輩のその言葉を受け、一気にやる気が削がれてしまった。中には生き生きハツラツとした40代の先輩などが活躍しているが、大半が死んだ目をした公務員だった。
この環境の中、大学生の頃のように生き生きハツラツと任務に励む自信が無くなってしまった。
因みに、それまでは生き生きハツラツと勤務していたので目立ってしまい、発達障害の疑いがある問題児の世話を押し付けられてしまっていた。
彼の取り扱い方が分からず、問題ばかり起こす彼の責任はお世話係の僕が取らされていた。先輩から毎日叱責を受け、精神が参っていた。
当の本人も「なんで皆が怒っているか分からない」と理解できないので、口うるさく指導する僕を敵とみなし過度に反抗してくる始末である。大学の頃に発達障害に関して少しだけかじった身ではあったが、正しい接し方をする余裕がなくなっていた。
結局、やる気を無くした上に精神がぶっ壊れていた僕は毎晩、消灯後のベットの中で意味もわからず咽び泣いていた。
ほどなくして上司に退職する旨を伝えた。それからは、所属していた部隊の中隊長や、他部隊の中隊長に毎日話を聞いてもらったり引き止められてもらったが、壊れていた僕は意固地になって自衛隊を飛び出すに至った。
退職して
自衛隊に1年半務めた程度では就職先がない。
「約半年あるキツイ新人教育に耐えているのだから3年勤務したのも同じだから胸を張っていけばいい」と就職支援の方は言っていたが、世間はそうあまくない。15ヶ月で退職したアマちゃんなのだ。
それから1年半、心療内科に通いながら借金を重ねてフリーターとして生活した。
今では、やりがいのある仕事でバリバリ働いている。完全回復である。
ただ、28歳にして手取りは15万円である。
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